かなやまダム ダムを考えること

なにかと今話題になっている「ダム」。
かなやま湖も、かなやまダムによって作られた人造湖です。

周囲は美しく整備され、ホテルラーチのほかに、ラベンダー園、保養センター、ログキャベン、オートキャンプ場、公園等が完備。、
夏はネイチャースクール等も行われているようです。

今回はじめて、かなやまダムを見てきました。

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総貯水容量は約1億5,000万トンと日本有数の人造湖です。
治水、水源確保、電力確保などを目的として作られました。

展望台の林の中に石碑がありました。
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かなやまは、明治24年砂金をとる人たちが開拓をはじめました。
北海道の歴史は、先住民のアイヌ民族の人たちと、明治になって入植した人たちの歴史です。
金山やダムの歴史について、分かる範囲でちょっと書いておきます。

明治24年 金山に砂金採取者入植。
明治33年 三重県から「伊勢団体」40戸入植。・・・これが南富良野町の始まりです。
昭和28年 かなやまダム調査開始 反対運動開始
昭和37年 補償問題基本協定等調印 「伊勢団体」解散 
昭和38年着工、41年完成
昭和42年 ダム湛水開始、約300戸が水没
昭和42年 竣工式

竣工式の日、全道に散った旧住民(268戸)のほとんどが集まり、住み慣れた土地に最後の別れを告げました。
http://www.onitoge.org/furano/mhigh6.htmから。
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「この谷の 底ひに冷ゆる 陽のいろの 青白くして こぶし咲くなり」 山名薫人


湖の中・・・下を見ると底にはかつて人が住んでいた廃屋が見えて。
見上げると太陽が冷たくゆらゆらと光る。
湖畔から湖上に長く枝を伸ばして咲くこぶしの花も青白くゆれて見える・・・・私の勝手なイメージです。

今も昔も、ダムを作って人が創った街を水没させるというのは痛みを伴い、
誰かに犠牲を強いているということなのですね。


ダムの管理センターは私達のほか、管理の方1名しかいません。
「湖・ダム・ふれあい展示ホール」が作られ、瀟洒なガラスのモチーフやダムの構造、作られるまでの説明などが展示されていました。
反対運動やどれくらいの農地、鉱業地、学校、林業地が水没したのかは何も触れられていません。

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でも、ダムにとってたとえマイナスであっても、反対運動があったこととか、水没前の村の様子とか、住んでいた人たち一人ひとりのお名前の展示もあってよいのではないかと考えさせられました。




北海道にはダムが沢山あります。
過酷な労働のもと作られた雨竜第一ダム(朱鞠内湖)、アイヌの方々の聖地が水没する二風谷ダム、などもあります。
今回の旅行の行き帰りにも、桂沢ダム、穂別ダム、夕張シューパロダムなど。


ダム湖に行ってただ眺めてきれいだと思うだけではだめなのだと感じました。






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by kzmblog | 2009-10-14 10:07 | おでかけ | Comments(0)